その男、只者にあらず

いつものように、学校帰りに栞が佑介の家に立ち寄りふたりで話していた時。
「…そっか。栞も聞いたんだ、紘次さんたちのこと」
「うん。この間、飛鷹さんという人から手紙が来て。それで誰かって聞いちゃったから」
かすかに笑みを浮かべている栞に、佑介も苦笑気味になる。

草壁家に私立探偵の飛鷹光一郎から結婚式のお礼状が届き、そのことで栞は義兄の星野紘次に起こった『事件』のことを両親から聞いていた。
「佑くんも…知ってたんだよね?」
それに頷いて。
「詳しいことはわからなかったけど、ただ事ではないということはすぐわかったよ」
偶然に耳にしてしまったある会話から、漠然とながら真穂たちのただならぬ雰囲気の理由に思い当たった。
そしてそれが自分ではどうしようもないと、気がつけば光一郎の許に駆け込んでいたのだ。
「飛鷹さんとは、知り合いだったの?」
「ああ。1年前にひょんなことでね」
苦笑を浮かべたまま、佑介は語り始めた。

親友の篁和樹と新宿に遊びに行った時、偶然殺人事件の現場を通りかかってそこで光一郎に出会ったこと。
そして――
「…え。飛鷹さん、佑くんの力のことも知ってるの?」
目を大きく見開く栞。
「被害者の霊が、俺に乗り移っちゃってね。まあ、それですぐに犯人も捕まったから結果オーライなんだけどさ」
何ともいえない表情になる。
「飛鷹さんも初めは驚いてたらしくて。…でも、受け止めてくれて嬉しかった」

――自分の力のこと…嫌いになったらダメだぞ?

あの時優しい目で、あたたかく深みのある声で。
光一郎はそう言ってくれた。

「そうだったんだ…」
栞も嬉しげな笑みで言う。が、すぐに表情を改めて。
「…それでね、佑くん。あたしも飛鷹さんにお礼が言いたいの」
「え?」
「今度の休みでいいから…会わせてくれる?」
首を傾げて言う栞。佑介はしばし目を瞬せていたが。
「…わかった」
にこりと微笑んだ。

――次の日曜日。
佑介は剣道の稽古を済ませて栞と落ち合い、新宿にある光一郎の探偵事務所に向かった。



「――結構、大きい事務所なんだね」
いささか緊張気味で見上げる栞に、
「事務所であって自宅でもあるからね。…じゃ入ろうか」
くすりと笑って2階の事務所への階段を上っていく。
1階のガレージに光一郎の愛車・黒のフェラーリ 430スクーデリアがあるということは、彼は事務所にいる。

「…お、佑。今日はどうした」
佑介の姿を認め、光一郎は顔を綻ばせた。傍らにいた妻の瑠衣も「いらっしゃい」と笑いかける。
「こんちは。…ちょっとね、飛鷹さんに会いたいっていう子がいて。いい?」
「え? それはかまわんが…」
ちょっときょとんとした表情になる。
「栞」
開いたままの自動ドアに向かって言えば。
「お邪魔します…」
おずおずと入ってきた少女に、光一郎と瑠衣は思わず顔を見合わせた。

「…えと、紹介するね。草壁栞さん。俺の…彼女」
最後のほうでぼそっと言う佑介に、ぷっと吹き出して。
「そうか。…やーっと佑の想い人に会えたな」
「飛鷹さん~…」
くすくすと笑う光一郎に、半眼になる佑介だ。
「…初めまして、飛鷹光一郎といいます。君のことは佑から聞いてたよ」
未だ緊張気味の栞に、穏やかな笑みで言うが。
「それと…なんだ。うちの秘書の…瑠衣だ」
「ほらあ~、飛鷹さんだって慣れてないじゃん。ちゃんと『妻の』と言えば?」
「う・る・さ・いっ」
呆れ顔の佑介と僅かに赤くなっている光一郎のやりとりに、栞は笑いを禁じ得なかった。
「よろしくね」
瑠衣もおかしげに笑っている。
「こちらこそ、よろしくお願いします。…あの、結婚されたとのことで。おめでとうございます」
「はは、ありがとう。とはいっても実感が湧かないけど」
栞の祝辞に照れくさそうに頭にやる左手には、きらりと指輪が光っている。瑠衣の左手にも。
「え、新婚旅行は?」
「まだ行ってないのよ。真先さんが回さずに済むよう頑張ってくれたけど、事件は待ってくれないから」
佑介の問いに、肩をすくめる。

挙式後、本来ならその翌日には新婚旅行に行くはずだった。
だが事件は起こるもので、警部の真先敬三や部下だった狩矢兄妹がどんなに掛け合っても、光一郎がいなければと言う上層部の命令には従わざるを得なかった。

「…探偵さんって、本当に大変なんですね」
気遣わしげに栞が言えば。
「ま、いつものことなんだけどね」
光一郎は苦笑気味に笑う。

(…怖い人かなと思ったけど。よく笑う気さくな人なんだ)
心の中で、栞は安堵していた。

母の真穂から『あの件』のことを聞いた時は、光一郎の人脈もそうだが探偵という職業柄、ある意味「怖い」イメージがあった。
だが実際に会ってみて、佑介の懐きっぷりも相まって緊張がとけたのである。

「…あ、あの。私、飛鷹さんにお礼が言いたくて…」
「お礼?」
姿勢を正す栞に、光一郎と瑠衣は目を瞬せる。
「私、星野咲子の妹です。姉たちのこと、本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる。
「え? …あ、草壁って…そうか、君も娘さんだったのか」
「はい」
栞はにこっと微笑んだ。
「母から話は聞きました」
「そうだったのか…」
光一郎も何とも言えない表情で目を細める。その顔があまりに優しくて。
僅かに目を見開く栞だった。
「俺はただ、君のご両親やお姉さんたちを『手伝った』だけだよ。お礼を言われるようなことはしてない」
「でも、相手も怯むくらいの力を持った人に繋げてくれたって…」
「そうであっても、最終的にお義兄さんを救ったのはご家族の方たちの『想い』だと、俺は思ってるよ」
言い募ろうとする栞をやんわりと遮って、ふっと顔を綻ばせる。
「それに、おまえの想いもそうだよ。佑」
「飛鷹さん…」
「佑が『助けたい』と言ったから、俺は動いただけなんだからな」
更に笑みを深めて言う。

瑠衣が2杯目のコーヒーを持ってくる。栞にはミルクティーを。
「…にしても。佑の相手だから可愛い子だろうとは思ってたが、これほどとはな」
「飛鷹さんには言われたくないっ」
にっと悪戯な表情で言う光一郎を、じと目で見る佑介だ。隣の栞は少し赤らめて苦笑している。
(飛鷹さんと瑠衣さんのほうが、よっぽど美男美女カップルなんだし)
そんなことをふと思う。
「幼馴染みだと聞いてたけど、そういうのもいいものね」
瑠衣もにっこりと微笑っている。

「おふたりは、どうやって知り合ったんですか?」
栞が尋ねるのに、光一郎と瑠衣は「あ」という風な表情で。
「…私が、あなたのとこに依頼で行ったのが初めてよね?」
夫の端正な横顔を覗き込む。光一郎も思い出すように、
「…そうだな。お義父さんたちと一緒に来て、訳あってボディガードを頼まれたんだっけか」
「へえ~っ。で、一緒にいるうちにお互い惹かれたわけだ」
「佑~…。だからおまえはなんでそう…」
にやにや顔で言われ、呆れた風にはあっと深く息をつく光一郎だ。
栞と瑠衣はただくすくす笑っていた。
「でも、そういうのってドラマみたいで素敵です」
にこにこ顔の栞だが。
「うーん…。結構危ない目に遭ってるけどね」
「あの時は拳銃で撃たれたんだもの、光一郎は」
「えええっ!?」
苦笑しつつ顔を見合わせて、さらっと何でもないように言ってのけるこの夫婦。
佑介と栞は呆気にとられるしかなかった。
「向こうがタチの悪い連中と繋がっててね。ま、最後にはおとなしくさせたが」
「………」
『タチの悪い連中』とは、つまり。
そういう相手を、いったいどうやって…。

(飛鷹さんって…やっぱりただ者じゃないや)
そう思ってしまう佑介だった。

その後、調査に出ていた助手の霧島陽司が帰ってきたことで事務所は賑やかさを増し、話題は色んなところに飛んでいたそうな…。

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