ユノの祝福のもとに (1) |
――俺の傍にいれば危険なこともあるかもしれない。それでも…ついてきてくれるか? ――当たり前でしょ…っ、今までも一緒に切り抜けてきたじゃない…! これからだってそうよ… プロポーズした時、彼女は目に涙をためて胸に飛び込んできた―― 6月の、とある大安の土曜日。 新宿で探偵事務所を営んでいる飛鷹光一郎と、その秘書で恋人でもある三杉瑠衣にとっては、大切な日でもあった。 梅雨時のためか、この日は予想では雨のはずだった。 だが。 「せっかくの晴れの日だもん。俺が“彼”に頼んでみるよ」 知り合いの少年・土御門佑介の言葉どおり、清々しいほどの晴天が広がっていた。 佑介の言う“彼”が何者かはわからないが、不思議な力を持つ彼のこと。やはり人外の者であろうことは想像できた。 「…お天気が心配だったけど、晴れてよかったわね」 紫煙をくゆらせて、朝の新宿の景色を眺めている光一郎の隣に、瑠衣がそっと立つ。 「ああ。佑のヤツに感謝しないとな」 ふっと一息吹かし、短くなった煙草を灰皿に。 「…なんで佑介くん?」 きょとんと自分を見る瑠衣にくすりと笑って。 「こっちの話」 笑顔のまま、再び窓に視線を向けた。 佑介の特殊な力は、初めて会った時に目の当たりにした。 この事務所で、彼の力のことを知っているのは光一郎だけ。 別に瑠衣や助手の霧島陽司には秘密にしている訳ではないが、接点があったら話そうと思っている。 その陽司は、今は実家のほうで家族と準備に取りかかっている頃だろう。 …不意に、ことんと瑠衣が肩に頭を預ける。 どうした? という風に見れば。 「…あなたと『家族』になるんだと思うと、なんだか…」 ――幸せすぎて、怖いの。 その言葉を飲み込むように、きゅっとスーツの裾を掴む。 すると頭を抱え込まれ、広く逞しい胸に引き寄せられる。 「…光一郎…?」 「――すまない」 少し戸惑っているところに、言葉通りの低くすまなそうな声音。 それに目を見開く。 光一郎とて、まったく気づかない訳ではなかった。 瑠衣が、口には出さないが『待っている』ということを。 だが、自分の「探偵」という職がどれほど危険なものかをわかっていたし、結婚することで更に瑠衣を危険に晒すことになるのではないかと恐れていた。 ただでさえ、今でもそういうことが何度かあったのだから。 ――もう、二度と誰も巻き込ませない。 6年前に強盗事件で弟を亡くしてから、人と必要以上に関わらないようにしてきた。 刑事だった頃もそうだが、自分と関わった者には危険が及ぶから。 今まで、友人らしい友人を持たなかったのもそのためだ。 「すまない」という光一郎の謝罪は、瑠衣を巻き込んでしまうかもしれないということに対してか。 それとも、素直に待たせたことに対してか―― 「――光一郎が…謝ることなんてないわ」 すっと伸びた細い指が、頬に触れる。 「私も霧島くんも、あなたといられることが嬉しいの」 「…っ…」 にこりと柔らかく微笑む。対する光一郎は僅かに顔を歪ませた。 「あなたが今、何を考えてるかもわかってる」 まっすぐ、澄んだ瞳を向けて。 「私は一度も、巻き込まれたなんて思ったことないわ」 「………」 「どんな状況であっても、ほんの少しでも…あなたの力になりたかった。それだけよ」 「…瑠衣…」 一度放した手を、背中に回して抱きしめる。 「…ありがとう」 耳元で囁けば、顔を見上げる。 ――かち合う視線。 そのまま、どちらとなく顔が近づき、唇が重なる。 初めは軽く、ついばむように。 唇が離れたと思うと、今度は深く口づける。 口内にほのかに広がる、煙草の香り。 「……っ…」 優しいが、息が止まりそうな口づけと体を這う手の感触に、吐息が漏れる。 昨夜も求め合ったというのに、また身体中が熱を持ちそうになる。 「――そろそろ、行こうか」 ゆっくりと唇が離れ、少しかすれた低い声が聞こえる。 「…そうね…」 互いにくすぶる熱を冷ますように、ふたりはしばらく抱き合ったままでいた。 そして、所は港区のとある教会。 基本、新婦の準備のために式の約3時間前には現地に到着していなければならない。 新郎である光一郎はそれほどでないため、瑠衣と一旦別れて身支度をした。 いつも黒の服を身につけている光一郎には珍しい、白のタキシードスーツとネクタイ。胸には新婦のブーケと同じ、白バラと百合のブートニアが。 プロテスタント式なので牧師、そしてウェディングプランナーなどのスタッフに挨拶回りをしている光一郎の姿は、忽ちに周囲の注目の的になってしまった。 180センチを超える長身で女性はもちろん、同性でさえ見惚れてしまいそうになるほどの端正で凛々しい顔立ちなのだから仕方ないのだが。 友人の星野紘次やその先輩の倉田臣らが、 「私立探偵なのに、それじゃかえって目立つよ」 と言うのも頷ける。 実際、女性スタッフが「あんな素敵な人を旦那さんに持てるなんて、羨ましいわ~」「お相手も綺麗なひとなんでしょうね」などと囁いている。 それにも意に介せず、光一郎が次に向かったのは。 「あ、光一郎さん!」 瑠衣の家族がいる、親族控室。弟の潤(まさる)が満面の笑みで迎える。両親――父の智久、母の由貴子も優しい笑顔だ。 「本日は、誠に――」 「そんな堅苦しい挨拶はなしだよ。…おめでとう」 光一郎の言葉をやんわりと遮って、目を細める智久。 「ありがとうございます。…あの、瑠衣のところには…」 「ええ、さっき行ってきたわ。光一郎さんが惚れ直すくらい綺麗よ」 由貴子もにっこりと笑い、 「でも、光一郎さんもいつもに増して素敵で格好いいから、あの子もそうなるかも」 「お義母さん、そんな…」 ころころ笑っている由貴子に、苦笑を禁じ得ない。 …すると。 「…光一郎くん」 その声と共にぎゅっと両手で手を握られた。 「あの子を…瑠衣のこと、よろしく頼む」 深々と頭を下げる智久。 「お、お義父さん。頭を上げて下さい」 いささか慌てつつも、握られてない手を智久の手の上に。 「…私が生きている限り、娘さんは必ずお守りします」 強い意志のこもった眼差しで、智久、そして由貴子を見やる。 「光一郎さんも、幸せにならなきゃ駄目よ?」 「!」 由貴子の言葉に、目を見開く。 「あなたのご両親も、弟さんもそれを強く願っているはずだわ」 そう言って智久と潤を見れば、ふたりも笑顔で頷いている。 瑠衣の家族も、光一郎の生い立ちや今までの経緯を彼女から聞いているのだろう。 「もっと、我が儘を言ってくれてもいいのよ。私たちは『家族』なんだから」 「お義母さん……」 優しく微笑む由貴子に、何とも言えない表情になる。 もう二度と、持てないと思っていたもの。 それが今日、再び手に入るのだ。 不覚にも込み上げるものを感じ、顔を背けてしまう。 「…あっれ~? もしかして光一郎さん、泣いてる?」 「馬鹿、んな訳ないだろーがっ」 悪戯な表情で覗き込んでくる潤と、僅かに顔を赤らめて焦っている光一郎。 傍から見れば兄弟そのものだ。 その姿に、控室は笑い声に包まれていた。 |
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