ユノの祝福のもとに (2) |
式まであと30分を切ろうとしているとき。 「飛鷹さん!」 新郎控室に顔を出したのは、母・小都子と祖母の梅乃とで教会に来た土御門佑介だ。 「佑。来てくれたのか」 「とーぜん! 今日はおめでとう」 「ありがとう。…それと天気のこともな」 にこりとそう言えば、佑介もへへっ、と子供のように笑う。 「今日の飛鷹さん、いつもより5割増しで格好いいや」 「おだてても何も出んぞ?」 にこにこ顔で言われ、苦笑を浮かべていると。 コンコン、 「はい?」 ノックに答えれば、入って来たのは。 「紘次さん! それに臣さんも」 「お、佑介も来てたんだな」 笑顔でそう言うのは、佑介の恋人・草壁栞の義兄にあたる星野紘次。光一郎の友人でもある。 紘次の隣で「よっ」と片手をあげるのは、彼の高校大学時代の先輩、倉田臣だ。 「…紘次と臣も…、ありがとな」 「なーに言ってんだよ。友達なんだから当然だろ?」 少し申し訳なさそうな笑みを浮かべる光一郎に、明るく笑う臣と、 「今日は本当におめでとう、飛鷹さん」 嬉しそうな笑顔で祝辞を述べる紘次。 「…ふたりとも、ひとりで来たんですか?」 不思議そうに紘次と臣を見る佑介に。 「まさか、綾さんと咲子も来てるぞ。外で話に花を咲かせてる」 紘次が苦笑気味で答える。 臣の妻・綾と紘次の妻の咲子も、高校大学時代の先輩後輩の間柄。 つまり、4人ともが同じ高校と大学のOB・OGなのだ。 「…なら、ふたりとも早く戻ったほうがよくないか?」 「え?」 ちょっと人の悪そうな笑顔の光一郎に、3人は目を瞬かせる。 「咲子さんたちをひとりにしたら、狙われるかもしれんぞ? ふたりとも美人なんだから」 にっと悪戯っぽく片目をつぶる。 「飛鷹さん…」 紘次と臣は半眼で光一郎を見ている。佑介はあらぬほうを向いて笑いをこらえていた。 「…ま、それは冗談だが。咲子さんたちにもお礼を言っておいてくれ」 「わかった」 「じゃあ、また一緒に呑みに行こうぜ。飛鷹さん」 笑顔で答える紘次と臣に。 「ああ」 こちらも穏やかな笑みの光一郎だ。 控室を出る紘次たちと入れ違いに、光一郎の刑事時代の上司であった真先敬三警部が入ってくる。今回は仲人として来ていた。 「飛鷹くん。そろそろ時間だよ」 「わかりました」 敬三に答えていると。 「…じゃ、またあとでね。飛鷹さん」 「おう」 敬三に会釈し手を振りつつ控室を出る佑介を、片手を挙げて優しい目で見送る。 そんな光一郎に。 「…あの子、少し俊生くんに似てるな」 「…真先さん…」 ――俊生。 6年前、強盗事件に巻き込まれて死んだ、光一郎の弟だ。 享年18であった。 「そうかもしれませんが…、俊生は俊生、佑…あいつはあいつです。やはり違いますよ」 どこか寂しげな、それでいて穏やかな笑みを見せた。 昔は見せなかった表情。 「本当に…変わったね。君は」 「…真先さん?」 優しい眼差しで自分を見ている敬三を、不思議そうに目を瞬せる。 「今日のことで、飛鷹くんがどれだけ周りの人たちに思われ、慕われてるかがよくわかったよ」 「え…」 変わらず笑みを浮かべたまま。 結婚式は挙式のみで披露宴は行わないので、敢えて招待状も送らなかった。 ただ、口頭などで「参列は自由だから、よければ…」という程度で伝えただけだ。 そして今日。 実にたくさんの人たちが、この日を祝うために駆けつけてくれた。 「君が思っている以上に、支えてくれる人たちがたくさんいるということだよ」 「……!」 敬三はそっと、瞠目している光一郎の肩に手を置いた。 「…幸せに、なりなさい」 ふっと、優しく目を細める。 「真先…さん」 また、涙腺が緩みそうになるが。 「…ありがとうございます」 光一郎は深く頭を下げるのだった。 ――いよいよ式の時間になった。 まずは新郎新婦のゲストが入場。祭壇に向かって右が新郎側、左が新婦側の列席者の席となる。 その後、牧師が入ってきた。見ている方も癒やされるような、穏やかな面差しだ。 「ただいまより、飛鷹家と三杉家の結婚式を執り行います」 牧師の開式宣言の後、入り口からかつん、と足音が聞こえた。 今日の主役のひとり、新郎の入場だ。 一旦そこで立ち止まり、瑠衣の家族や佑介たちが起立して見守る中、少し緊張した表情ながら颯爽と歩いている光一郎は、そこにいるだけでも絵になりそうだ。 そして静かに、祭壇の右側に立つ。 しばらくして厳かなパイプオルガンの音色と共に、父の智久にエスコートされて瑠衣が現れる。 スレンダーなシルエットのウェディングドレス。ベール越しに見える表情はとても美しい。 列席者の席からほうっと溜め息が聞こえる。 一般的には赤や緑が知られているが、それはカトリック式でプロテスタント式は白いバージンロードだ。 だんだん近づいてくる瑠衣の姿を、光一郎は眩しげな表情で見ている。 そして傍らまでたどり着き、智久は娘の手を取りそれを光一郎の手の上に。 新郎新婦が揃った後は賛美歌斉唱、牧師が婚姻の場にふさわしい聖書の教えを朗読し、祈りを捧げる。 ――そして。 「飛鷹光一郎さん――」 牧師の穏やかな声が響く。 「あなたは三杉瑠衣さんを妻とし、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、死が二人を分かつときまで、命の日の続く限り、真心を尽くすことを誓いますか?」 牧師の言葉を聞いている間、光一郎の脳裏にはこれまでのことが去来していた。 初めて瑠衣と出会った頃のこと。 彼女をガードしているうちに、芽生えた想い。 それを隠したまま一度は別れ、再び会った時のこと。 そして想いが通じ合い、初めて結ばれた日―― それから長い年月、共に歩いてきた。そしてこれからも。 一生、瑠衣を愛し、支え、守り抜く覚悟はできている。 …だから。 「誓います」 淀みのない、決意のこもった声。 それを感じ取ったのか、牧師はふっと目を細めて瑠衣のほうに向き直り、 「三杉瑠衣さん。あなたは飛鷹光一郎さんを夫とし――」 と、同じ言葉を投げかける。 瑠衣もはっきりと、 「誓います」 そう答えた。 指輪の交換、そしてベールアップ。 ステンドグラスの光が差して、少し逆光になったふたりの顔が近づき、誓いのキスを交わす。 「――ここに、ふたりを夫婦として認めます」 それはまるで、映画のワンシーンのようで―― 「おめでとう~!」 「部長、幸せになって下さいよ!」 フラワーシャワーと共に、かけられる祝福の声。 光一郎が警視庁を辞して6年になるというのに、未だ当時の階級であった巡査部長の名称で呼ぶ、警視庁捜査一課の面々。 もちろん、佑介や紘次たちもその中にいる。 フラワーシャワーの列を抜けると、光一郎は瑠衣に目で合図する。 瑠衣も頷いて、皆に向かって後ろ姿で立つ。 「女性陣は全員集合! 花嫁がブーケ投げるぞ」 …そう、教会式では定番のひとつ「ブーケトス」だ。 光一郎の呼びかけに参列していた女性たちは瑠衣のすぐ後ろに集まる。 「…じゃ、いきますよ」 そう言って、瑠衣が高く後ろに投げたブーケは…。 「…え」 ひとりのショートヘアの女性の手中に。 「…お、梓のほうに行ったか」 光一郎は知っている相手のようで、にこりと微笑むが。 「いや、部長。こいつはまだまだそんなケもないですから」 「にーさ~ん、それどういう意味よっ」 「梓」と呼ばれた女性――狩矢梓(かりや・あずさ)は、兄と呼んだ男性、狩矢慎(かりや・しん)を半眼で睨む。 「…ったく。相変わらずだな、おまえらは」 くすくす笑いながら、懐かしそうに目を細める。 慎と梓は、光一郎が捜査一課にいた頃の部下だ。当時は慎は駆け出しの刑事で、梓は捜査一課付の事務係だった。 それが今では、ふたりともそれぞれ警部補と巡査長に昇進して「捜査一課の兄妹刑事(デカ)」と名を馳せている。 「…つか、もう俺のこと『部長』と呼ぶなって言ったろ。今は慎のほうが上なんだから」 苦笑気味に光一郎がそう言えば。 「俺たちの中では、部長は部長のままですよ」 笑顔で「なっ」と梓を見やると、こちらもにこやかに頷いている。 慎たちと別れて、ふと見ると。 佑介が何かを拾い上げて首を傾げている。 「…どうした? 佑」 瑠衣と歩み寄って尋ねる。 「フラワーシャワーの花の中に、これが紛れ込んでて…」 手にしたものをふたりに見せる。 「…羽?」 「孔雀の羽にも見えるけど…」 光一郎と瑠衣が覗き込むように見ている。 「…もしかして…」 「?」 佑介は思い当たることがあるのか、にっこりと笑みを浮かべた。 「飛鷹さんと瑠衣さんのこと、ユノも祝福してるかもね」 「え!?」 佑介の口から出た名前に、ふたりとも目を見開く。 「ユノって、確かローマ神話の女神よね?」 「そう。ギリシャ神話ではヘラにあたるかな」 ヘラ…ローマ神話ではユノだが、彼女は結婚・出産の神といわれ、女性の守り神である。 「ゼウスは鷲、アテナは梟が象徴の鳥と言われてるように、ヘラ…すなわちユノの象徴の鳥が…」 「孔雀、ってことか?」 光一郎の問いに頷く。ふたりは思わず顔を見合わせてしまう。 教会やその周辺の装飾品などの中に、鳥や羽をモチーフにしたものはなかったはずだ。 それなのに、ここに孔雀の羽があるということは―― 「…本当に、おめでとう。幸せになれって彼女も言ってるんじゃないかな」 そっと瑠衣の手に羽を乗せる。 3人は、晴れ渡る6月の青空を見上げた―― 了 |
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