邂 逅 (1)

その日、佑介は母・小都子からの頼まれごとで新宿まで足を伸ばしていた。その件も無事済み、彼は家路を辿っていた。
「……佑? 佑じゃないか?」
「……え?」
突然声をかけられて、怪訝そうに振り返った佑介。そこには…
「…飛鷹さん!? うっわ~~っ、久しぶり!!」
「よお。相変わらず元気そうだな」
佑介から「飛鷹さん」と呼ばれた、少し鋭さを漂わせる風貌の長身の男。新宿で私立探偵を営んでいる飛鷹光一郎である。
探偵と聞くと、一般的には身元調査が主な仕事になるが、彼の場合は元・警視庁捜査一課の刑事だということもあってか、警察の嘱託として事件の調査がメインである。

「こっち方面に来るなんて珍しいな。どうした?」
「あ。お袋から頼まれごとを言われちゃって(^^;)。もう終わったけどね。飛鷹さんは調査中?」
「ああ、今日の分は終わったから帰るところだ。…そうだ、時間があるなら事務所に寄ってくか? 帰りは車で送るから」
光一郎はその鋭くも整った顔を綻ばせて言う。
「え、いいの?」
「瑠衣も陽司も、佑に会いたがってたぞ」
俺もそうだけどな、と心の中で呟く。

光一郎が口にした、ふたりの名前。
瑠衣…三杉瑠衣(みすぎ・るい)は光一郎の秘書であり、また恋人でもある。
少しウェーブのかかった長い髪の、たおやかな雰囲気の女性だ。だが芯はとても強い。
もうひとりの陽司こと、霧島陽司(きりしま・ようじ)は助手である。
その名の通り明るく陽気な性格の青年で、事務所のムードメーカー的存在だ。光一郎同様、佑介のことをすごく可愛がっている。

「わ、瑠衣さんも霧島さんもいるんだ(^^)。ちょっと待ってて、電話してみる」
佑介はそう言うと、少し離れた場所に移動した。
「…もしもし、母さん? 佑介だけど」
携帯をかけている佑介を見る光一郎の表情は穏やかだ。だが、佑介を見るときにだけ時折現れる、悲しげな光がその目にはあった。

しばらくして、佑介が小走りで光一郎の許に戻ってきた。
「…母さん、おっけーだって。よろしく伝えといてって言ってたよ」
「そうか。…じゃあ、行くか」
光一郎もにこりと微笑む。
「うん! 飛鷹さんちに行くのほんとに久しぶりだなあ~。1年ぶりかな」
ふたりはそう言いあいながら、並んで歩き出した。

母・小都子の許しも得たということで、佑介は久しぶりに光一郎の事務所兼自宅に立ち寄った。
新宿に建つそれは、1階が光一郎の愛車・フェラーリが収納されているガレージ、2階が事務所、そして3階が光一郎たち3人の住居(要するに部屋。客用もあり)となっている。
「あ、お帰りなさい、先輩」
陽司が光一郎の姿を認めて、声をかけると。
「こんちは…」
佑介がひょっこり、光一郎の後ろから顔を出した。
「お帰り…あら、佑介くんじゃない! どうしたの~?」
瑠衣も目を見開いて駆け寄ってきた。
「ひっさしぶりだなあ~、元気だったか?」
「へへ、おかげさまで」
「そこでぱったり会ったからね、連れてきてしまったよ」
思わず苦笑いの光一郎たった。

事務所内はすっかり寛ぎモードとなり、瑠衣がコーヒーを持ってきた。
「佑介くんも光一郎と同じで、ブラックだったわよね」
「うん。ありがとう~。瑠衣さんの入れるコーヒーって美味しいんだよね。いいなあ~飛鷹さん」
佑介にそう言われ、光一郎はなんとも言えない表情になる。
「だろ~? 俺もこんなコーヒーを入れてくれる彼女がほしいよ」
「それはそーだけど、霧島さんだって瑠衣さんのコーヒー、いつも飲んでんじゃん」
溜め息交じりに言う陽司に、佑介はすかさず突っ込んだ。
「そうでした…」
そんなふたりの会話に、光一郎も思わず吹き出す。
「あの時は、佑介くんは高1だったから…会ってから1年たつんだなあ」
ふっと、懐かしげに陽司が言った。
「いろいろあったものね」
「僅かな期間で犯人を捕まえられたのも、佑のおかげでもあったしな」
瑠衣と光一郎も、同じように思いを馳せる。



それは、1年前―――

光一郎が刑事時代の上司だった真先敬三(まさき・けいぞう)警部からの依頼で、ある殺人事件の現場検証に陽司と来ていたときだった。たまたま、親友の篁 和樹と一緒に、新宿に遊びに来ていた佑介も現場の前を通りかかったのだ。
「お、なんかあったのかな。すごい野次馬」
和樹が人だかりを見て、興味津々という風に言う。
「よせって。なんか事件じゃないのか? パトカーが一杯来てるし…」
佑介は少し顔を顰めるのだが。
「ちょっと見てみようぜ」
と言うやいなや、和樹は現場の方に走っていってしまう。
「あ、おい! …しょうがないな~」
渋々、佑介も現場に向かう。彼としてはあまり、こういう場には近づきたくないのだが…。
ちょうど「Keep Out」のテープが貼られた、割と前の方に和樹がいたので、その隣に並ぶ。
「…どうやら殺人事件みたいだな」
「殺人……」
そうと認識した佑介の身に、突然「それ」は起こった。
「……っ!?」
「? …おい、佑介!? どうしたっ!」
突然の少年の声に、そこにいた光一郎は振り向いた。見れば胸をわしづかみにして押さえながらうずくまる少年と、彼を心配そうに見ながら慌てる少年。光一郎はすぐさま駆け寄る。
「君、どうしたんだ、大丈夫か!?」
「急にうずくまってしまって…!」
和樹はすっかりうろたえてしまっている。
「すぐにもう1台救急車を呼ぼう。君、ここに横になって」
言いながら、光一郎は自分のコートを脱ぎ、背中と頭が当たる部分を下に敷く。しかし、佑介は微動だにしない。その口から彼のものとは思えない声が漏れる。
『―――くれ』
「………?」
光一郎は怪訝そうに佑介の顔を覗き込む。
「佑介?」
和樹も不安げな表情で佑介を見た。
『私を殺したヤツを捕まえてくれ…! ヤツらはあれを探している。聖陵株式会社のウラ帳簿だ…』
「!」
その名を聞いた光一郎の表情が強張る。というのも、この場で殺されたのは聖陵株式会社の社員だったのだ。そう言えば、現場である彼の部屋が荒らされていた。まだマスコミでも流れていない情報を知っているこの少年は、一体……。
和樹は心当たりがあるのか、心配そうに佑介を見ている。

「…そのウラ帳簿というのは、どこにある?」
信じられないことだ、今目の前で起こっていることは。だがこの少年は、嘘を言っているようには到底見えない。だから光一郎も、被害者である社員に話しかけるつもりで声をかけた。
『東京駅の…ロッカー…。鍵は私の背広の内ポケットにある財布の中…。犯人の名…も、それに書いて…ある……』
そう言うと霊が抜けたのか、がくっと佑介の体が前のめりに崩れて、光一郎がその腕に抱き留める。
「佑介!?」
「大丈夫、気を失っただけだ。…ああ、救急車が来たようだな」
救急車のサイレンが聞こえる。光一郎は陽司のほうを向いて。
「陽司。これから病院に行くから、すまんが俺の代わりに詳しいことを聞いておいてくれ」
「わかりました!」
爽やかさを感じさせる笑顔で、任しといてください、というように親指を立てる。それに笑って、腕の中の佑介を見る光一郎の表情は複雑なものだった…。
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