邂 逅 (2) |
警察病院に運ばれ、ベッドに横たわっている佑介を、和樹はじっと身動きひとつせずに見ていた。病院に来たときは光一郎もいたのだが、また来るからと現場に戻っていった。あれから3~4時間はたっているだろうか。昼下がりの日差しが窓から差し込んでいた。 その時、ドアがノックされた。 「…はい」 和樹が返事を返すと、光一郎が静かにはいってきた。 「…まだ目が覚めていないみたいだね」 「ああいうときは結構体力を消耗するものだって、いつも佑介が言ってたから…」 和樹が、ぼつりと言う。 「ああいうときって……?」 意味がわからず光一郎が尋ねると、和樹は意を決したように顔をあげて。 「信じてもらえないでしょうけど、こいつ、子供の頃から強い霊能力を持ってるらしいんです」 光一郎は僅かに目を見開いた。 「いわゆる霊を見たりとか、聞こえないはずの声や音などを聞くのもしょっちゅうで。今でこそだいぶ制御できるようになったけど、やっぱり突然に取り憑かれることもあるって…」 「………」 和樹が話すことを、光一郎はその切れ長の目を閉じ、黙って聞いていた。 あの時の佑介の様子がよみがえる。少年にありえない低い声と口調、虚ろな表情…。 「……信じるよ」 静かに目を開け、穏やかな口調で光一郎は言った。 「え……」 「だてに俺も、以前は警察をやってたわけじゃないよ。嘘を言ってるかどうかは表情を…目を見ればわかる」 そう言って、安心させるように笑う。その横で、佑介が身じろぎをする。 「……ん…」 「佑介、大丈夫か?」 和樹が顔を覗き込んでくる。 「和樹…? 俺…」 眩しそうな表情で、佑介がそう言うと。 「気分はどうだ?」 低く、それでいて冷たさのない声が聞こえた。 「えっ!? …あの…」 佑介がそれに驚いて慌てて飛び起きると、長身の男性が立っていた。 「この人が佑介をここまで運んでくれたんだよ」 「そうだったんですか。すみません」 和樹が説明すると、佑介は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。 「いや……」 光一郎の表情に、佑介の表情が微妙に強張る。あの時のことを佑介も覚えているのだ。 (絶対、変なヤツだと思われただろうな……) 佑介は居心地悪さを感じてしまう。 佑介の表情で、自分もある程度は話したが、ここにいては説明しづらいだろうなと、和樹はこの場を辞することにした。 「迷惑かけて悪かったな、和樹」 苦笑交じりに言う佑介。 「おまえこそ、帰るときは気をつけろよ」 和樹はにこっと笑って、手を振りつつ帰って行った。 …かくして、病室には佑介と光一郎だけである。 「…えっと、あの…」 佑介が、おずおずという感じで口を開く。 「…君のおかげで、あの殺人事件の犯人が捕まったよ」 「えっ!?」 「例を見ないスピード解決だった。ありがとう」 光一郎はふっと微笑んだ。 あれから、佑介が言っていたということは伏せてすぐに東京駅のロッカーに行かせ(鍵も確かに財布に入っていた)、そこに入っていたウラ帳簿に載っていた関係者を逮捕したのだ。 「あの友達から聞いたが…、君には霊感があるそうだね」 問い詰めるわけでもなく、やんわりと言う。 「………」 佑介は俯いて、黙りこんでしまった。それに光一郎は少し困った風に笑って。 「確かに、俺も初めは信じられなかったよ。だけど、君の様子に嘘はないと思ったんだ。実際に君の言うとおりに物証が出てきたときは驚いたけどね」 「気味が悪いヤツだと…思ったんじゃないですか……?」 自嘲的な笑みを浮かべて、佑介は言った。 それに光一郎は驚いたように目を見開く。 「…どうして、すごいじゃないか。亡くなった人の思いを伝えられるんだろう? 誰にでもできることじゃない」 そう言いながら、光一郎は椅子に座った。 「今回の事件の被害者だって、君に力を貸して欲しくて憑いてしまったんだと思うよ、犯人を俺たちに捕まえて欲しくてね」 佑介は光一郎の顔を真っ直ぐ見た。ふざけてもいない、真摯な表情だ。そしてその言葉に嘘はないと感じたのだ。 「……ありがとうございます…あの…」 「あ、まだ名前言ってなかったか。俺は飛鷹光一郎、私立探偵をやってる」 戸惑う佑介の様子に気づいて、光一郎はばつが悪そうに笑った。 「え、警察の人じゃないんですか?」 目をぱちくりとさせる佑介。 「厳密に言うと元刑事。今は警察の嘱託として事件の調査などを請け負ってるんだ」 「そうなんですか。僕は土御門佑介といいます」 少し表情が柔らかくなった佑介に、ほっとする光一郎だった。 年が近いせいか、ふとその笑顔に面影がだぶる。……弟の。 「……飛鷹さん? どうしたんですか?」 「あ、いや」 慌てて笑顔を繕う光一郎を、なおもじっと見る佑介は…。 「飛鷹さんは信じてくれたから言いますけど…。『俺を思い出すときに悲しそうな顔しないで』って言ってますよ、そこにいる子」 「………!」 光一郎の隣を指差してそう言うと、光一郎は眼を大きく見開いた。 「弟さん…ですよね? 僕と同じか少し上くらいかな…」 「…ああ。高校3年の時に亡くなった。もう5年くらいになるかな。俺が24の時だったから」 光一郎はふっと息をついて言った。 あんな死に方をさせてしまった弟に対して、以前ほどではないがやはり、負い目を感じてしまう。 「まだ上がってなかったんだな…、俺が気持ちの上で縛ってるから」 光一郎が自嘲的に言うと、佑介は強く首を横に振る。 「違いますよ! 彼が『ここにいたい』と言っているんです」 「……え?」 思いがけない佑介の強い語調に、戸惑いを隠せない。 「確かに成仏させることも大切だけど、上げればいいってもんじゃないんです。中には、いつもは上にいて、時々守護霊のようにそばにいるという霊もいるんですよ。…弟さんはそのタイプですね、きっと」 照れくさそうに佑介が笑うと、光一郎の隣にいる「彼」も微笑んだような気がした。 「……そうか…」 光一郎の表情も、心なしか晴れたものになっている。 「……ありがとう」 「?」 唐突な感謝の言葉に、佑介は首を傾げた。 「土御門くん…ちょっと言いにくいな、名前で呼んでもいいかな? …佑介くんにそう言ってもらえて、あいつが今苦しんでないとわかって安心したよ…」 「いえ…そんな」 思わず俯いてしまった佑介の頭に、温かいものが乗せられた。光一郎の手だ。 それは子供の頃から、おぼろげに覚えている「あの手」を彷彿させる。 「自信を持てよ。こんなすごいものを持っているんだ。自分の力のこと……嫌いになったらダメだぞ?」 光一郎が優しく微笑んで言う。 「……っ…」 ――――泣いてしまいそうだ。 家族や友人以外に、こんなに自分の力のことを理解してくれる者はいなかった。肩が知らずに震えてしまう。 「……佑介くん?」 「すみ、ません…ちょっと」 あはは、と笑ってごまかそうとするが、その顔はどう見ても泣き笑いだ。 光一郎は溜め息交じりに苦笑し、佑介の頭をぽんぽんと叩く。 「……つらかったろう、今まで」 子供の頃から見えざるものが見えたり、聞こえない音が聞こえていたのだ。周りの大人や子供たちに言っても信じてもらえなかっただろう。それは、とてもつらいことだ。 光一郎のその言葉に、今度こそ佑介は顔を歪ませて、嗚咽を漏らしてしまった。佑介が落ち着くまで、光一郎はその背中を子供をあやすようにさすり続けた。 「…すみません、みっともないとこ見せちゃって」 だいぶ落ち着いたのか、佑介は恥ずかしさで赤らめた顔で言った。 「そんなことないよ、つらい時は我慢しないことだ。泣くのは恥ずかしいことじゃないんだからな」 光一郎の言葉に安心したように笑った佑介だったが、気がゆるんだのか、 ぐうううう。 彼の腹の虫が元気よく鳴った。 「………あ」 光一郎も思わず笑ってしまう。 「そういえばもう2時過ぎてるな。…よし、事件のお礼もあるしご馳走させてくれないか? 秘書に何か美味しいものを作らせるよ」 「えっそんなっ、お礼なんてとんでもないです!」 佑介は慌てて両手を振るのだが。 「いいからいいから。せっかくこうして知り合えたんだし、お近づきの印だよ」 悪戯っぽく笑って言う光一郎に「じゃあ、お言葉に甘えて…」と、佑介も笑顔でベッドから降りる。 そして病院を出、光一郎の愛車・フェラーリで彼の事務所に向かったことが、光一郎を初めとする「飛鷹私立探偵事務所」の面々とのつきあいの始まりだった―――― 「あの後、佑介くんが初めてうちに来たのよね」 「あの時の緊張した顔が懐かしいよなあ」 コーヒーを飲みつつ、そう言う瑠衣と陽司だ。 「だって、事務所という所に入るの初めてだったんだから仕方ないでしょ」 佑介は少し拗ねたように言い返す。 「ま、それはそうだな」 光一郎はくすくす笑っている。 「でも、飛鷹さんの事務所は全然堅苦しくなくて、居心地いいんだよね。場所の雰囲気も明るいし」 事務所を見回しながら言う佑介。 実際、光一郎の事務所は全体的にガラス張りだからか陽の光が入って明るく、とても開放的なのだ。 「そう言ってもらえると嬉しいね」 「単に人数が少ないだけかもしれないけどね…いでっ!」 陽司の頭に、すこーん! と光一郎の鉄拳が飛んだ。 「一言多いんだよ、おまえはっ」 そんな光一郎と陽司のやりとりを「相変わらずだね」「そうなのよ~」とおかしそうに見ている佑介と瑠衣であった。 了 |
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