信頼は、海を越えても (1)

気がつけば、12月も半ばを過ぎようとしている頃。
この月は年間で一番犯罪が多いと言われる月。むろん、殺人事件の発生率も高くなる。私立探偵・飛鷹光一郎のもとにも警察からの依頼が増えていた。

そんなときに、刑事時代の上司であった警部の真先敬三から「ちょっと、相談したいことがあるのだが…」との電話を受け、光一郎は警視庁・捜査一課へ向かっていた。

(真先さんが相談事って…、何かあったのかな)

少しの不安を抱えて捜査一課のドアまで来ると、中から英語が聞こえてくる。時々片言の日本語も。
(……? 外国人の依頼でも来てるのか?)
そう思いながらノックして「失礼します」と中に入ると、敬三や部下だった狩矢慎・梓兄妹らに囲まれている背の高い外国人の姿が。
「やあ飛鷹くん、呼び立てして悪かったね」
「いえ。…何かありました?」
外国人――男性であるが、彼を気にしつつ尋ねる。
「いや、実はな。この彼がなにやらトラブルに巻き込まれたみたいでね」
言いながら、男性に向かって手招きする。
「ちょっと要領を得ないから、英語が堪能な君に話を聞いてもらいたくてな」
「それは構いませんが…」
わざわざ警視庁にまで来るとは、どのくらいのものなのだろうか。
いささか構えて彼に向き直ろうとすると。
「Hawk!」
「わわっ!? ちょっ…!」
突然、満面の笑みで抱きついてきた男性に面食らってしまう。
その慌てぶりに、慎と梓はあらぬ方を向いて肩を揺らしている。
光一郎はといえば。先ほど男性が発した言葉に戸惑っていた。

――ホーク。

自分のことをそう呼ぶのは、7年前に一緒に『サソリ』を一旦壊滅に追い込んだロス市警の警察官たちだけ。
だが、こんな若い警察官…なのかどうかわからないが、彼とは面識がないはずだ。

「Excuse me, have we met before somewhere?」

――以前に、どこかでお会いしましたか?

流暢な英語でそう尋ねると。
「…Did you forget me?」
体を放して、拗ねたような声音。光一郎は改めて彼の顔を見る。

すっきりと切り揃えられたブロンドの髪。
鮮やかなグリーンの瞳。
そして、どこか見覚えがある整った顔立ち。
光一郎の脳裏に4年前、行動をともにした少年の姿がよぎる。

「……Jake(ジェイク)?」

大きく目を見開く。彼は頷いている。
「え。…本当に…、本当にジェイクなのか!?」
驚きのあまり、つい日本語になってしまう。だがその様子で伝わったか。
「Yes! I wanted to see you. Hawk!」
そう言ったのと同時に、彼――ジェイクは再び光一郎の首に腕を回した。
光一郎の顔にも、なんとも言えない笑みが浮かんでいた。

ジェイク――ジェイク・ライアルは、4年前にアメリカで出会った少年だった。
『サソリ』が復興した理由を調べている時に、路地で絡まれているのを助けたのがきっかけだ。
ジェイクの両親も『サソリ』の人間に殺されており、当時ジェイクは10歳。
それからは復讐のために『サソリ』のことを調べ、仲間として潜入して組織を潰す機会を窺っていた。

初めは心を閉ざして光一郎にも話そうとしなかったが、彼の人柄と「君の協力は必要だ」という言葉に、初めて自分の価値を見いだした。
生きるために、『サソリ』に乗り込むために、子供の頃から窃盗だろうがなんだろうが、悪事の限りは尽くした。
そんな自分でも「必要だ」と、その存在を認めてくれた人。

それからは光一郎と行動をともにして。
そして生まれた、彼への信頼。
今まで、自分自身しか信じられなかったジェイクにとって、それは初めて持った感情だった。

『サソリ』は新しいボスであるウォルターの射殺で完全に壊滅し、光一郎も日本に帰国した。
ジェイクは、彼の口利きもあってロス市警のドーヴァー警部のもとで生活を始めた。
そして、彼は今――

「なんだか、部長も彼もすごく嬉しそう」
「そりゃ、4年ぶりの再会だもんなあ。嬉しいに決まってるよ」
光一郎とジェイクの様子に、梓と慎は微笑ましげな笑みを浮かべて見ていた。

「By the way…」
体を放しつつ向き直って。
「Did you get involved in the trouble?」
トラブルに巻き込まれたんだって? とジェイクに問えば。
「Eh? No, I'm not rolled up in a trouble…」
「……へ?」
きょとんとしてそれはないと答えるジェイクに、光一郎も間抜けな声を出してしまう。
「Well…,did you come here by that?(そのことでここに来たんだよな?)」
「No. I came because I wanted to see Hawk!(違うよ。ホークに会いたかったから来たの!)」
少々戸惑っている光一郎と、むくれたように頬を膨らますジェイク。

「えーと…、どういうことですか、これ?」
話が見えず敬三たちを振り返ると、くすくす笑っている。
「彼がトラブルに巻き込まれたってのは、嘘だよ」
「は?」
変わらず笑いながら答える敬三に、目をぱちくりとさせる。
「実は、数日前にドーヴァー警部から国際電話があってね。近いうちに飛鷹くんには懐かしい人がこちらに行くから、よろしく頼むと」
「聞くと4年ぶりらしいし、それじゃただ会わせるのもつまらないからって、ちょっとサプライズ的な?」
「サプライズって…」
悪戯っ子のような笑顔で言う敬三と慎の台詞に、はあっと息をつく光一郎だ。
「でも、彼…ジェイクさん、アメリカでは部長のよき相棒だったんですね。ふたりで『サソリ』を追い込んだって聞きました」
梓もにこにこした表情で言う。
「まあ…な。ジェイクがいてくれなかったら多分『サソリ』は潰せなかったと思う」
自分の知り得ない『サソリ』の情報を、内部の人間として潜入していたジェイクは豊富に持っていた。それがあってこそ『サソリ』を壊滅に追い込めたのだ。
そのことをジェイクにも言えば、首を横に振り。
「That's not it. I have not seen Hawk, I do not know what kind of human beings are now(そんなことないよ。俺だってホークに会わなかったら、今頃どんな人間になっていたか…)」
なんとも言えない笑みを光一郎に向ける。

詳しいことはわからなくても、その雰囲気で光一郎とジェイクがあの『サソリ』との対峙で互いにどれだけ信頼をおいていたか、一目瞭然だった。
そしてそれは、今も変わらない。

「飛鷹くん。せっかく4年ぶりに会ったんだから、応接室でゆっくり話すといいよ」
ずっと光一郎とジェイクの様子を優しい目で見ていた敬三は、そう提案するが。
「えっ。いや、私は今は部外者ですし」
「なーに言ってるんですか、部長。今でもここでは顔パスじゃないですか」
「そうそう。部長なら受付嬢もそのまま『どうぞ』だし」
他の刑事たちもうんうんと頷いている。
「あのなあ…」
光一郎は呆れるばかり。

「…警部、応接室おさえておきました」
ちょっと笑いの含んだ事務員の声。
「そうか、ありがとう」
「ということで部長。積もりに積もった話をたんとしちゃってください♪」
「あーずーさ~…」
悪戯っぽい笑みで片目をつぶる梓を半眼で見る。
そんな光一郎をうっちゃって、梓はジェイクにも「Piease enjoy yourself(ゆっくりしていってくださいね)」と笑いかける。
ジェイクも「アリガトウゴザイマス」と片言で答えた。

――さあ、どんな話をしようか。
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