信頼は、海を越えても (2)

《ここからは、台詞は日本語表記ですが英語で話していると思ってください》

互いに向き合ってソファーに座り、出されたコーヒーを一口飲んで。
「…にしても、ほんと久しぶりだな。いつ日本に着いたんだ?」
「2日前かな。もっと早くホークに会いたかったけど、時差ボケになっちゃってさ」
それに思わず吹き出してしまう。
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、なんでまた…」
笑いながらもそう尋ねると、ジェイクは満面の笑みで。
「俺、1年前にL.A市警に配属になったんだ」
「え、そうなのか!?」
「『サソリ』の件でホークに会ったのもあるかもしれないけど、あれから俺も人のために何かしたいと思って。そしたらドーヴァー警部が『なら、警察官をめざしたらどうだ?』と言ってくれて」
「そうか…。頑張ったんだな」
ふっと柔らかく微笑む。
「無事に警察官になれたのはいいけど、やっぱりはじめのうちは大変でさ。なかなかホークに知らせる機会がなかったんだ」
苦笑気味に肩をすくめる。
「手紙でもよかったんだけど、やっぱり…ホークに会いたかったし」
へへ、と照れくさそうに笑う。
「日本には前から行きたかったのもあるし、サムから『ホークに会うなら日本の警視庁に行くといいよ』と教えてもらったから」

ジェイクの口から出た「サム」という名前。
光一郎が7年前に初めてアメリカに渡ったときに『サソリ』の件で協力してくれた、当時制服の巡査だった。
今は刑事課に異動となり、刑事として奮闘している。
そのサムの言葉通り、ドーヴァー警部が前もって真先敬三警部に連絡していたからか、警視庁に辿り着くと受付嬢がたどたどしいながらも伝言は聞いていると、捜査一課まで案内してくれた。
敬三たちはジェイクとは面識はなかったものの、光一郎とのことなどを聞いていたのだろう、好意的に迎えてくれた。
そして、サプライズで会わせようと何も伝えず、ただ「相談したいことがある」と光一郎を呼び出したわけだ。

「まったく…真先さんにしては珍しく相談事とか言うから、どうしたかと思ったよ」
「ビックリした?」
悪戯が成功した子供のような笑顔でジェイクが言えば。
「そりゃ驚くよ。ましてやジェイクがいるとは思わなかったし」
光一郎も苦笑気味になるが。
「でも…、元気そうでよかった」
今度は安心したような笑みを浮かべる。

「ホークも…、今は幸せそうで安心した」
「え?」
満面の笑みになるジェイクに、目を瞬かせる。
「ゆ・び・わ♪」
おどけて左手を指され、「あ」という表情になる。
「やっと結婚したんだね」
「やっとって…。ま、この6月にね」

『SCOPION』では描写されてないが、あれほど一緒にいた光一郎とジェイクだ。非常時でなければ、他愛ないことも話していただろう。
その時に互いのプライベートのことにも触れ、当時は恋人だった妻の瑠衣とのことも話していたかもしれない。

「あれから4年も待たせるなんて、悪い男だねえ~」
「あのなあ…」
にやにや顔で言われ、じと目になってしまう。
だがジェイクはそれも意に介せず。
「な、奥さんどんな人? 写真とか持ってるだろ」
と、にっこり。
「持ってないよ」
「えー、携帯にも待ち受けにしてない?」
「してないって。つかそーゆーの恥ずかしいだろ」
不満そうなジェイクに、光一郎は呆れ顔だ。
「こっちじゃ、みんなそうしてるぜ。署の職場の机に家族の写真とか飾ってるし」
「ああ、アメリカではそうだよな」
ジェイクの言う通り、アメリカ…というより外国では、警察に限らず会社の机に恋人や家族の写真を飾るというのはよくあること。
「だからホークもそうしてると思ったのに。つまんねー」
むう~っと駄々っ子のような顔になるジェイクに、また笑いがこぼれる。
「わかった、わかった。…ほら」
苦笑を浮かべたまま、結婚式の時に誰かが撮ってメールしてくれた光一郎と瑠衣の写真を見せる。
「わ。ホークの相手だから美人だろうなと思ってたけど、想像以上だね♪」
今度はにこっと、嬉しそうな笑顔を向けられてなんとも言えない表情になるが。
「…そう言うジェイクのほうはどうなんだ?」
にっと悪戯っぽく切り返す。
「どうって?」
「こんなにオトコマエになってるんだ、彼女できたんじゃないか?」
「あ。…あ~…うん、いるよ」
一瞬恥ずかしそうな表情になるが、きっぱりと答える。
「ストリートギャングに絡まれてるのを助けた子なんだけど。住んでるところが署に近いのか、お礼だと言って品物を持ってきて。…もちろん丁寧に断ったけどね」
話しているジェイクを見る光一郎の表情は優しげだ。
「そのあとも何度か来てさ。そのうちにだんだん気になっちゃって…」
「で、付き合うようになったわけだ」
こくんと頷くジェイク。
「…彼女、助けてくれたジェイクに一目惚れだったんだろうな」
その情景が目に浮かんだか、くすりと笑みを漏らす。

かつての自分と同じように、人を信じられなかったジェイク。
その彼が人を想うことができるようになったことが、光一郎には嬉しかったのだ。

「実は今回日本に行くときも、彼女…アンディっていうんだけど、アンディも行きたがって。でも休暇がなかなか合わなかったから」
苦笑しつつ肩をすくめる。
「そうなのか?」
「うん。『ジェイクの恩人だという人に会ってみたい』っていつも言ってたし」
そこで嬉しそうに微笑む。
「恩人って…なにもしてないぜ、俺は」
思わず苦笑いをこぼす光一郎に。
「なに言ってんだよ、してくれたよ!」
「……ジェイク?」
知らずに強い語調になってしまう。
「ホークのおかげで、また人を信じられるようになって。そして誰かを好きだと思う気持ちも持てるようになって…」
「………」
「ホークが…、ホークが俺に人間らしさを取り戻させてくれたんだよ?」
「ジェイク…」
所々で言葉を詰まらせながら。
ジェイクの今の表情は、4年前の少年の頃のまま。
「それで恩人じゃないってんなら、なんて言えばいいんだよ!」
ふっと、光一郎の目が細められる。
「…俺の力だけじゃないよ、ジェイク。おまえを支えてくれる人たちもいたから、変われたんだ」
更に笑みを深めて。
「何より、ジェイクが自分で変わろうと思えたからだろ?」
「!」
ジェイクの目が大きく見開かれる。
「自分の大事な人たちがいるから、変わろうと思える。そうじゃなかったらこうはならないよ」
「……っ…」
半分、泣きそうな顔になる。
「…よかったな」
そう言ってジェイクを見る目は、とても優しい。
「…ホーク…っ!」
「うわっ!?」
回り込んできたと思うと、ジェイクは思いっきり光一郎に抱きついた。
「あの時も言ったけど…本当にホークに会えてよかった…!」
「……俺もだよ」
ふっとしょうがないな、という風に笑い、ぽんぽんとその背中をあやすように叩いた。

そのあとも様々な話に花を咲かせていたが、そろそろ…という雰囲気になってきた。
「…日本には、どのくらいいられるんだ?」
何杯目のコーヒーになるだろう、一口飲んで光一郎が問うと。
「長くても2日かな。今回の休暇も半分は無理言ったようなもんだし」
苦笑を浮かべるジェイクだ。
「そうか…。じゃあ、残りの日は行きたい所を俺が案内しようか」
「ほんと?」
「ああ。俺の事務所にも連れていこうかと思ったが、やっぱり観光のほうがいいかなと…」
「あ、そっちのほうがいい! 2日もあるから、先にホークの事務所に行ってみたいな」
光一郎の言葉を遮るように、わくわくした表情で。
「ホーク自慢の奥さんにも会ってみたいしね♪」
にっと片目をつぶる。
「自慢って…」
「だって、あのときもさりげな~く惚気けてたじゃないか、サムにさ」
そう言うジェイクは、本当に楽しそうで。
「ジェ~イク~…、おまえなっ」
「いっで~! なにも照れなくてもいいだろ」
「う・る・さ・いっ」
そこで一瞬沈黙が生まれるが…。
「…ぶっ」
顔を見合わせたまま、双方とも吹き出してしまった。


翌日は光一郎の事務所を訪れ、新宿で呑み過ごし。
最終日には東京の隠れた名所巡りの後に、ジェイクはアメリカへ帰っていった――

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